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黒曜石産地分析

 黒曜石はおもに流紋岩質の火山ガラスで、割れると鋭利な断口ができるため、旧石器時代から世界各地の剝片石器の石材として広く利用されてきた。黒曜石は一部の火山地域にのみ産するにも関わらず、産地から遠く離れた地域の遺跡からも多くの黒曜石製石器が出土することが知られていた。これは何らかの人為的な理由と方法により、黒曜石が産地から移動された結果と考えられ、そのため先史時代における物資の移動・交換の実態や、往時の人々の行動領域・地域間関係などを考える素材として、近代考古学が成立した初期の頃からとくに注目されてきた。

 日本列島に産する黒曜石は、主要な産地だけでも20か所以上(細かく分類すれば100か所以上)が認められている。

 これらは結晶分化の過程の違いなどにより、産地ごとに晶子形態や化学組成が異なり、また同じ産地であればこれらが一致することが知られている。この特性を利用し、現在の日本では、産地黒曜石と遺跡出土黒曜石資料の化学組成を比較・検討し、遺跡出土黒曜石資料の産地を推定することが多い。蛍光X線分析は、比較的簡便かつ非破壊で資料の化学組成を定量できる分析法である。このたびの居家以岩陰遺跡出土黒曜石資料の研究では、この方法を採用し産地分析を実施した。

図1 蛍光X線分析による産地分析結果
図2 居家以岩陰と黒曜石原産地の位置
(方眼:10×10km)

 居家以岩陰遺跡出土黒曜石資料の産地分析の結果を図1・2に示した。2017年度分析資料(縄文時代早期中葉・同後葉)、2019年度分析資料(前庭部:縄文時代早期押型文段階・岩陰部:同沈線文段階)はいずれの時期・地点においても、小深沢産(和田峠系)と星ヶ塔産(諏訪系)の両者が一定量ずつ出土していることが理解できた。

 この状況は、居家以岩陰に滞在した集団が60㎞以上離れた産地周辺を行動領域に含んでいたことを意味している。

 おそらく、産地周辺に広がる霧ヶ峰高原で狩猟活動をおこないながら黒曜石を獲得していたと推測される。そして、同様な様相は早期末葉まで継続的に認められる。こうした石材獲得方法は埋込戦略(embedded strategy)と呼ばれるものである。しかし、前期以降になると特定産地の黒曜石が大多数を占める状況へと一変するのである。

大工原 豊
三浦 麻衣子
建石 徹
二宮 修治

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