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居家以人骨の発掘調査

居家以人骨の発見

 居家以岩陰遺跡のこれまでの発掘調査で、縄文時代早期と前期に岩陰内が埋葬地として利用されていた状況が明らかとなった。2023年までに確認された人骨個体数はすでに40個体以上に及び、とくに縄文早期の遺物包含層である第Ⅱ層群の灰質暗褐色土に多数の個体が密集して埋葬された状況が確認されている(図1)。

図1 岩陰部における埋葬人骨群

放射性炭素年代測定を実施した11個体15例の測定結果によれば、出土人骨の時期は縄文時代早期後葉(約7300~7700 BP)と前期前半(約5900 BP、5700 BP)の2時期を含み、前者が8個体、後者が3個体である。第Ⅱ層群の灰質土層に埋葬された早期後葉の人骨群は、較正年代(calibrated dates)から約8500~8100 cal BPを中心とした年代と推定され、縄文土器の型式編年では条痕文土器の古期に相当する。

 洞窟・岩陰を埋葬地として利用する葬制(洞窟・岩陰葬)は、縄文早期中葉から早期後葉にかけて、主に西日本から中部・関東地方にかけて広がったもので、本遺跡もその一例である。居家以岩陰遺跡の早期の埋葬は、300年間以上にわたり継続的に利用されていること、多数の個体が密集して埋葬されていること、埋葬された個体群の中に血縁関係が確認された親族が含まれること、葬制の要素となる一定の埋葬様式(後述)が認められることから、集団墓と判断してよいであろう。縄文時代の葬制史の中では、最も初期の集団墓となる。

居家以人骨の骨考古学研究

居家以人骨は岩陰内の灰質土中に埋葬されたために骨の保存状態が非常に良好であり、タンパク質(コラーゲン)やDNAがよく残存している。出土人骨について、骨の形態分析、古病理学的分析、炭素窒素安定同位体分析、ミトコンドリアDNAおよび核DNA分析などの骨考古学研究を進めている。

 形態分析からみると、死亡年齢は20歳前後から30歳代と推定される個体が多く、早期縄文人の寿命は比較的短かったと考えられる。脳頭蓋が大きく顔面は幅が広く上下に低いこと、四肢骨は全体的に小さく華奢だが筋付着部の発達が強いこと、歯は年齢の割に咬耗が強いことなど、これまで早期縄文人の特徴とされてきた形態的特徴を表している。

 また、12個体14試料について骨抽出のコラーゲンの炭素窒素安定同位体分析をおこなった結果、C3植物を中心とした植物食への依存度の高い食性の傾向が明らかとなった。列島各地の早期縄文人集団の分析データと比較することで、居家以集団の特徴が明確になると同時に、縄文早期における生態的な多様性が明確になるものと期待される。

図2 1号人骨出土状況

 出土人骨のDNA分析からも興味深い成果が得られている。母系血縁関係を明らかにできるミトコンドリアゲノム解析と、性別判定のための性染色体ゲノム解析を実施し、一部の個体について核ゲノム解析を行っている。ミトコンドリアDNAのハプログループにはN9bとM7aが確認され、前者が主体であることが明らかとなった。また、ハプログループN9bに属する個体の中には、ミトコンドリアDNAの全長塩基配列が完全に一致する母系血縁者が多数含まれていることを突き止めている。早期縄文人骨のミトコンドリアDNAの全長塩基配列が決定されハプロタイプが正確に把握されたことや、核ゲノムの分析から明らかとなってきたヒトゲノム多様性情報は、縄文人の遺伝学的系統や多様性に関する研究に一つの確実な情報をもたらすものである。また、岩陰内に埋葬された年代の近い複数の個体間に同一の塩基配列が確認されたことは、母系親族を含む集団構成を示唆するものであり、早期縄文人の社会組織や婚姻制度を考える重要な新知見である。

縄文早期の埋葬様式

 各個体の人骨の出土状況は、フォトグラメトリ(写真測量)による三次元測量を応用して詳細に記録し埋葬法の分析を進めているが(図3)、特徴的な埋葬様式が明らかとなってきた。出土人骨の中には土壙内に屈葬された個体もあるが、腰椎の途中で骨の交連が途切れ、上半身と下半身が分離された状態の例が複数確認されている。また、10体以上の人骨を密接して集積した場所もある(人骨集積A、図4)。

 上半身と下半身が分離された埋葬状態は、2016年に取り上げた1号人骨の調査で最初に注目された。1号人骨は全身骨格をとどめるほぼ完全な埋葬個体であるが、うつ伏せ姿勢となった上半身の骨を取り上げたところ、腰の位置で遺体が途切れて上半身と下半身が大きく分離していることが判明した。本来関節で連結する第3腰椎と第4腰椎が40cm以上離れており、うつ伏せの頭部と頸部の下に骨盤が位置していた。上半身と下半身の骨はそれぞれ解剖学的に正しい配列で交連状態を保っているにもかかわらず、腰の途中で遺体が二つに分断したような不自然な状況が見られた。分離された腰椎は原形状を保っており、肉眼で確認されるカットマークはなかった。こうした出土状況から、遺体が乾燥してミイラ化した時点で人為的に上半身と下半身を分離した可能性が高いと推定される。

図3 10号人骨オルソ画像(第1面)とトレース図(第1~3面統合)
図4 人骨集積A

 2017年に実施した10号人骨の発掘でも、ほぼ同じ位置での切断が確認され、仰臥姿勢に置かれた上半身の上に、上下逆向きに下半身を被せたような不自然な埋葬姿勢が見られた。上半身と下半身が分離された同様の遺体切断は、その後に発掘した人骨集積A(2019・2021・2022年)と人骨集積B(2019年、図5)でも次々と見つかっており、遺体を土壙内に屈葬姿勢で埋葬するもののほかに、ミイラ化した遺体の切断を伴う特異な埋葬様式があった可能性がさらに強まった。

図5 人骨集積B

居家以人骨の重要性

縄文人の起源・系統は人類学的にも考古学的にも未解明である。また、初期縄文人の社会組織―家族・婚姻制度・集団構成―についても、確実なことはまだ何もわかっていない。縄文文化の形成過程にあった早期縄文人の健康状態や寿命、出生から死亡までの生活史を具体的に知ることも、これまでは困難な課題であった。

 縄文早期の人骨は長崎県岩下洞穴・大分県枌洞穴・愛媛県上黒岩岩陰などに比較的多数の出土例があるが、発掘調査が古く出土状況の明確な比較資料は少ない。居家以人骨は岩陰内に堆積する灰質土層の中に埋葬されていたために保存状態が非常に良好であり、骨の形態だけでなくコラーゲンやDNAをよく保存している。居家以人骨は初期の縄文人の人類学的特徴を解明できる第一級の人骨資料であり、縄文人の起源・系統、初期縄文人の形態的特徴・地域性、健康状態や個体生活史などを解明しうる貴重な学術的価値をもつ。また、保存状態のよさに加え埋葬状態が明確であり、確実に同一集団によって埋葬された人骨群が含まれている。初期縄文人の人類学的特徴のみならず、DNA分析により個体間の血縁関係や集団構成を実証的に解き明かすことも可能となっている。

谷口 康浩

図6 人骨集積Aの調査
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