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灰層の分析

岩陰利用と灰層の形成; 灰層は、どのようにして出来たのか?

 本遺跡では、いくつか灰ブロックが確認されている。岩陰と前方の緩斜面に堆積する縄文早期の灰層がどのように形成されたのか、3つの方法(①偏光顕微鏡による薄片観察とX線回折、②蛍光X線分析、③同位体分析)で材質の分析を行って推定した。

表1.分析試料
岩陰部灰層  第Ⅱ層群

①試料No.2・3(2・3は同じ灰層試料を分割;以下同じ)

第Ⅲ層群

最上部

②試料No.4・5 (年代;9250〜9050 cal BP)

上部

③試料No.6・7

前庭部灰層 10層 10a

④試料No.13・14(年代;10200〜9500 cal BP)

10b層

⑤試料No.15・16(年代;10200〜9500 cal BP)

10c層

⑥試料No.17・18(年代;10200〜9500 cal BP)

写真1.岩陰内に堆積する灰層
白い部分が灰層。
試料No.4 と5 はここから採取した。
写真2.分析試料の一例
灰層試料No.4(第Ⅲ層群最上部)
乾燥後・ 灰白色(10YR8/1)

 1つ目の方法として薄片の観察とX線回折から推定した。岩陰部の灰層試料②、③は灰白色を呈し、他の試料より白味が強い。試料を樹脂に埋めた後、薄片を作り偏光顕微鏡で観察したところ、この灰層試料②、③は、方解石(炭酸カルシウムCaCO3の結晶;calcite)が多く、対照試料としたモモの木灰と類似性が高いことがわかった。木灰は、方解石を主体とし、植物組織残渣・炭化物・周辺地質由来堆積物が混じっている。岩陰部の灰層試料①、前庭部の灰層試料④〜⑥も、方解石が多く含まれるが、斜長石・輝石・安山岩・流紋岩、変質火山岩類、時に骨片・貝殻・木炭を含み、周辺地質の混入が推定される。X線回折では、どの試料でも方解石の大きなピークが観察され、灰層試料②、③では、他のピークはほとんど見られない。一方、前庭部の灰層試料④〜⑥では、方解石とともに斜長石のピークがある。薄片観察の結果とも符合する。

図1.灰層のX線回折の結果(サンプルNo.5;第Ⅲ層群最上部)
方解石:炭酸カルシウム(CaCO3)の結晶calcite の
大きなピークが観察された。

 2つ目の方法として蛍光X線分析から推定した。構成元素の種類とその量を分析した結果、カルシウムCaが多く、特に岩陰の深い位置に堆積する灰層試料②、③はCaとして85%前後の含有量を示した。肥料として用いられる木灰ではカリウムKが多く含まれるが、ここでは1〜2%の含有量である。Kの含有量は燃やした木の種類によって変わり、また雨水や地下水に溶け出た可能性もある。前庭部の灰層試料は、ケイ素SiやアルミニウムAlが多く、周辺土壌などが混入していると思われる。

 3つ目の方法として同位体分析から推定した。灰層試料②、③の炭素含有率は10%近い。純粋なCaCO3は12%の炭素を含むので、ほとんどが方解石で構成されていると推定できる。他の灰層では5%前後を示す。また、炭素13(13C)の割合を示す炭素同位体比δ13Cはすべて-25‰程度で、大多数の草木が属するC3植物のδ13Cと一致する。灰層に共存していた木炭の値とも類似している。

図2.灰層の同位体分析の結果
同位体とは、炭素や窒素としての化学的性質は同じだが、質量という物理的性質が異なる原子のことである。この割合を比較することで、その物質の起源や、化学反応の進み方を推定することが出来る。

 3つの方法で得られた結果をまとめると、灰層の形成について以下のように考えることができる。
 焚き火で生成する木灰は、方解石が主成分であることが知られている。
Ca + O → CaO;酸化カルシウム
CaO + CO2 → CaCO3 ;二酸化炭素と反応して方解石を生成
 分析結果から、灰層はカヤなどのC4植物の野焼きや、貝殻起源ではなく、木灰であると結論づけられる。また、灰層試料②、③は岩陰部なので、森林の自然火災は考えられない。

吉田 邦夫
宮内 信雄
三浦 麻衣子
河西 学
二宮 修治

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