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DNA分析

 私たちの「生命の設計図」であるヒトゲノムは、DNAと呼ばれる物質によって構成されている。ヒトのDNAは、細胞の核とミトコンドリアに存在している。核のDNAは両親から受け継ぐのに対し、ミトコンドリアのDNAは母親のみから受け継いでいる(図1)。また、核のDNAは細胞分裂の際に染色体と呼ばれる構造を取るが、ヒトでは22対の常染色体と2本の性染色体から構成されている。男性ではXとY、女性ではXとXである。この項では、居家以岩陰遺跡から出土した人骨のDNA分析によって得られた研究成果の一端を紹介する。

図1 私たちの遺伝情報:核DNAとミトコンドリアDNA

居家以人骨のミトコンドリアゲノム解析

 ミトコンドリアDNAは“母親からのみ子に受け継がれる”母系遺伝形質であるが、その塩基配列は個体間で違い(多様性)が観察される。核DNAと異なり、ミトコンドリアDNAは組換えを起こすことがないため、個体間の配列の違いは塩基置換によって生じていると考えられている。さらに、個体間の配列の違いは核DNAと比較して10倍近く大きい(多様性が高い)ことから、人類進化研究の指標として世界中の多くの研究者が活用してきた。ミトコンドリアDNAは塩基配列の違いに基づいて様々なハプログループに分類されている。現代日本人では最も頻度が高いのはハプログループD4(約34%)である(図2・3)。それに対し、居家以岩陰遺跡出土古人骨(計7個体)のハプログループは、6個体(1号、4号、8号、10号、12号ならびに15号)がN9b系統、1個体(3号)がM7a系統だった(図4)。しかし、ここで注意しなければならないのは、「同一ハプログループは必ずしも同一ミトコンドリアDNA配列を意味しない」ことである。そこで私たちは、ミトコンドリアDNAを構成する塩基のすべて(16,500塩基ほど)を決定した(図5)。ミトコンドリアDNA全塩基配列に基づいて描いた居家以人骨7個体の母系の系統関係を図6に示す。この結果から以下のことが明らかになった。

  • 居家以岩陰遺跡出土1号、4号、8号、10号、12号ならびに15号人骨のミトコンドリアDNAはハプログループN9b系統に属しているが、全塩基配列からみると、ハプログループN9bに属する既報のミトコンドリア配列とは異なっていた。
  • 居家以岩陰遺跡出土8号ならびに10号人骨のミトコンドリアDNAは、完全に同一の配列だった。
  •  居家以岩陰遺跡出土3号人骨のミトコンドリアDNAはハプログループM7aに属しているが、全塩基配列からみると、ハプログループM7aに属する既報のミトコンドリア配列とは異なっていた。
図2 現代日本人に観察されるミトコンドリアDNAの多様性(ハプログループ)
図3 現代日本人に観察されるミトコンドリア・ハプログループとその頻度
図4 次世代シーケンサをもちいた古人骨DNA分析の概略
図5 ミトコンドリアDNA全長から判定された居家以人骨それぞれのハプログループ
図6 ミトコンドリアDNA全長に基づく居家以人骨相互の母系関係

 1万年以上に及ぶ縄文時代の各時期ならびに遺跡ごとに、現在までに得られている出土人骨のハプログループとそれらの個体数を図7に示す。西日本の縄文データは少ないが、(1)ハプログループM7aは日本列島に広く分布している、(2)ハプログループN9bは九州以南を除いて、日本列島に広く分布している、(3)地域による違いは観察されるが、時代による違いは観察されない、(4)ハプログループM7aとN9bは多くの遺跡で共に観察される、等が示された。

図7 縄文時代各時期・遺跡におけるハプログループM7aならびにN9bの出現

居家以人骨の核ゲノム解析

 次に、核DNAに基づく性別判定をおこなった。ヒトの核には、男女に共通する22対44本の常染色体に加え、女性は性染色体Xを2本、男性は性染色体Xと性染色体Yをそれぞれ1本ずつ、もっている。このため、最新の次世代シーケンス解析によって得られたリード数(性染色体Xと性染色体Yそれぞれに由来するDNA断片数)の違いから男女を区別することが可能である。大規模なDNA分析によって得られたDNA配列をヒトゲノムのレファレンス配列にマッピングした(貼り付けた) 1号人骨の結果を図8に示す。常染色体に関しては、ほぼ一様にDNA配列(DNA断片)がマッピングされている。一方、性染色体に関しては、性染色体Xには常染色体とほぼ同数程度にDNA断片がマッピングされているが、性染色体Yにはマッピングされていない。「対をなす常染色体と同程度に性染色体Xにマッピングされる」ことは性染色体Xを2本持つことを、「性染色体Yにマッピングされない」ことは性染色体Yを持たないことを意味する。以上から、1号人骨は女性とみなすことができる。同様のDNA分析によって得られたDNA配列を用いた性別判定結果を図9に示す。これにより、居家以岩陰遺跡出土1号は女性、4号は男性、8号は女性、10号は女性、12号は女性、15号人骨は男性、との結果が得られた。本結果をミトコンドリアタイプから明らかにされた母系関係と併せると、居家以岩陰遺跡出土8号と10号は、両個体の年代値に重なりがあるならば、「母と娘」あるいは「姉妹」などの非常に近しい母系血縁関係にある女性との結論を得ることができる(図10)。

図8 核DNA情報から判定された居家以1号人骨の性別
図9 核DNA情報に基づく居家以人骨それぞれの性別
図10 居家以人骨相互の母系関係と性別情報

 

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