同位体分析:年代・食性
居家以人骨の年代と食生活
古人骨には、目で見える形態学的情報だけではなく、その化学成分にもさまざまな情報が残されている。生きている骨には重量比で4分の1程度の有機物が含まれており、条件がよければ古人骨でも数パーセント保存されていることがある。骨の無機成分であるハイドロキシアパタイトは、化石化のプロセスで成分が置き換わってしまうが、有機物は生きているときに作られた成分から置き換わることがないので、生前のさまざまな情報を得ることができるのだ。ここでは、骨の主要な有機成分である繊維状のタンパク質、コラーゲンでおこなった研究を紹介する。とくに、主要な成分である炭素や窒素に含まれる同位体を測定することで、何年前の骨なのか、どのような食べ物を食べていたのか、調べることができる。
同位体とは、炭素や窒素としての化学的性質は同じだが、質量という物理的性質が異なる原子のことである。炭素では12、13、14の重さをもつ3種類の同位体、窒素では14と15の重さをもつ2種類の同位体が知られている。炭素では炭素12(12C)が99%、炭素13(13C)が1%を占めている。窒素では、窒素14(14N)が99.6%に対し窒素15(15N)が0.4%を占めることが知られている。化学的性質は同じだが、質量の違いによって反応速度が異なるため、さまざまな物質によって同位体の割合(同位体比)は変化する。居家以岩陰の縄文時代人が食べたと考えられる動物や植物で、炭素・窒素の同位体比が異なる(図1)。動物の組織に含まれる炭素や窒素の同位体比は、食物に含まれるタンパク質の同位体比に強く影響されるので、古人骨のコラーゲンで炭素・窒素同位体比を測定することで、生前に食べていた食物を調べることが可能である。
たとえば、陸上の動植物は重たい炭素(炭素13)や重たい窒素(窒素15)があまり多く含まれない特徴があり、居家以岩陰の人骨はほとんどが、陸上の動物と同じ特徴であると分かる。居家以岩陰の灰層からは、炭素13を多く含む雑穀の野生種(C4植物)も出土しているが、人骨ではそのような特徴はみられない。また、炭素13と窒素15を多く含む海産物も、居家以人の食事にはほとんど含まれていなかったと考えられる。骨の成分が置き換わるには10年以上の時間がかかるので、もしも季節的にでも海産物を多く利用していたら、その証拠は骨の同位体比に残されているはずである。海から河川を遡上するサケ類を利用したとしても、人骨の同位体比には海産物利用の証拠が認められると期待されているが、そのような傾向はみられない。居家以人は、岩陰周辺の動物や植物を食物として利用していたと考えられる。
さらに、コラーゲンに含まれる放射性炭素(14C)を測定することで、何年前に生きたヒトだったのか、知ることができる。不安定な原子核をもつ14Cは放射壊変して窒素にかわるため、時間とともに減少する。生きているときでも、14Cは炭素1兆個に1個ときわめて微量しか含まれないが、5730年でその割合はさらに半分になることが知られている(この時間を半減期という)。非常に量の少ない14Cを測定するために、高い電圧でイオンを加速する加速器分析装置(AMS)を使用する。この装置を用いると、1ミリグラム(千分の1グラム)の炭素で、年代を測定できるようになった。1g以下の骨の破片でも年代測定ができるので、居家以岩陰ではこれまでに11個体の年代を測定して、8500~8000年前の縄文時代早期だけでなく、6500~6000年前の縄文時代前期にも、この場所が埋葬地として使われていたことが分かった(図2)。上半身と下半身が分かれた個体でも年代が一致することで、同じ個体であったことが確認できる。また、前期と早期の食生活は千年以上の時間が経過しているが、炭素・窒素の同位体比でみる限り、大きな変化はなかったことが明らかになった。
ストロンチウムと酸素の同位体から探る出身地
新たな研究として、歯のエナメル質に含まれる酸素とストロンチウムの同位体比の分析に取り組んでいる。永久歯は乳幼児のころに作られてから、生涯にわたって当時の成分が保持されるという特徴がある。なかでも、表面をおおっているエナメル質は、非常に堅牢な結晶なので土壌埋没中の汚染の影響が少ない。そのため、通常の骨では分析することができない無機成分(ヒドロキシアパタイト)の結晶に含まれている成分を分析することができる。
このエナメル質の性質を利用すると、幼少期に育った場所の情報をえることができる。ストロンチウムは、カルシウムとよく似た性質を持っているのでエナメル質の結晶にも取り込まれる。ストロンチウムには複数の同位体があるが、ストロンチウム87(87Sr)は放射性のルビジウム87が壊変して生成されるので、古い岩石に多く含まれる。ストロンチウムの同位体の割合は、岩石の年代や地質によって変化しており、縄文人の歯にも地質の同位体比が記録されることになる。もしも、ストロンチウム87を多くふくむ地域のヒトが、少ない地域の村に移住してくれば、他の個体とは異なる値を歯に記録し続けることになるのだ。
同じように、酸素に含まれる酸素18(18O)の割合も地域によって異なる。こちらは、雨水に含まれている酸素18の割合が、緯度方向や海からの距離、標高などによって変化する。歯のエナメル質の酸素18の割合も、幼少期を過ごした地域の情報を保持しているので、他所から移住した個体を明らかにし、その出身地の推定に使えるはずだ。
本研究では、居家以岩陰遺跡の周辺でストロンチウム87がどのように分布していのか、植物を採取して研究している。今はまだ、地質情報を反映した地図を作る方法から新たに研究している段階だが、近い将来に考古学的な成果と統合して、縄文時代早期のヒトの移動について新たな情報を提供できるだろう。
米田 穣