植物考古学 種実・炭化材
居家以岩陰に暮らしていた縄文早期人はどのような植物を利用していたのだろうか。ここでは、遺跡から出土した炭化種実から推定した、当時の人々の植物利用について考察する。
岩陰内の人骨埋葬層や岩陰前面の前庭部に広がる灰層の堆積物には、炭化した植物の種子や果実、木材などが多く含まれている。これらは当時の焚き火や調理の残滓と考えられるので、そこから当時の人々が食料、燃料、あるいは儀礼に使っていた植物を推測することができる。このような炭化種実はフローテーション法により回収した。植物の種子や果実の多くはサイズが小さいため発掘中に肉眼で確認できるものは少なく、確認できるのはドングリやオニグルミなどの大型の果実に限られる。特に草本の種子の多くは直径が数ミリ程度しかなく、当時の植物利用の全体像を明らかにするには、堆積物のフローテーションが欠かせない。フローテーション法では、堆積物を水に入れて撹拌することで、比重の軽い炭化種子を浮かびあがらせて、効率よく小さな炭化種子を回収することができる。居家以岩陰遺跡では、これまでに1トンを超える堆積物のフローテーションを実施している。
フローテーション試料の分析はまだ途中であるが、これまでのところ、ほとんどの試料からクルミ(Juglans mandshurica)、クリ(Castanea crenata)、ドングリ(Quercus sp.)の殻片が見つかっており、これらの木の実が居家以早期人の炭水化物や脂肪源としてよく利用されていたことがうかがえる。また、ミズキ(Cornus controversa)、マタタビ(Actinidia polygama)、キハダ(Phellodendron amurense)、エゾエノキ(Celtis jessoensis)の種子も多くの試料から見つかった。これらはおそらく食料か香辛料、あるいは薬として使われたものであろう。ミズキの果実利用は特によく分かっていないが、種子に含まれる油を利用した可能性がある。
特に注目すべきは、草本植物の利用である。草本植物では、ヒエ属 (Echinochloa)、アズキ亜属 (Vigna subgenus Ceratotropis)、ダイズ属 (Glycine)の種子の出現頻度が高く、炭水化物やタンパク質あるいは脂質を得るための重要な食料だったと思われる。これらの出土は、日本列島における栽培植物の進化の過程を考えるうえでも重要である。現在の栽培植物であるヒエ(Echinochloa esculenta)、アズキ(Vigna angularis var. angularis)、ダイズ(Glycine max subsp. max)は、それぞれの祖先野生種であるイヌビエ(Echinochloa crus-galli)、ヤブツルアズキ(Vigna angularis var. nipponensis)、ツルマメ(Glycine max subsp. soja)からドメスティケーション(栽培化・馴化)された作物である。居家以岩陰遺跡で見つかったこれらの種子は、放射性炭素(14C)年代測定の結果、出土層位と矛盾しないことが分かった。これは、世界でも最古級の完新世初期(約1万年前)における栽培植物の祖先野生種の利用の証拠であり、縄文時代早期の人々が、すでにヒエとアズキ、ダイズの野生種の有用性に着目して利用していたことを示している。この行動が、その後のドメスティケーションに繋がった可能性があり、これらの作物が日本列島で独自にドメスティケーションされた可能性を示唆する重要な証拠である。
那須 浩郎