形質人類学
居家以岩陰遺跡からは、これまでに多数の縄文早期~前期人骨が出土している。人骨は、個体ごとの埋葬と、2体~多数個体の合葬よりなる。ここではこれまでに整理、復元の終了した個体埋葬の6体について、人骨形質と健康状態を紹介する。この6体はすべて、縄文早期の人骨である。
6体の人骨の性別、死亡年齢推定、歯の咬耗、虫歯、健康指標などを表1にまとめた。4号、15号人骨は未成人(思春期前後)であり、骨形態からの性別判定は難しい。その他4個体はすべて女性で、成人ながら若くして死んだ(20歳前後から30歳代)と考えられる。このようにこれまでの個体埋葬人骨は女性が多く、しかも死亡年齢は若い。女性が多いことについては、現在整理中の多数個体の合葬群の中には男性も含まれており、偶然の可能性が高い。一方、若くして死亡した可能性については、これまでの先行研究において縄文早期人が早死にであった可能性が指摘されており、居家以人骨についても今後の追加分析が注目される。
性別 | 年齢 | 咬耗 | 虫歯 | 健康指標 | その他 | |
---|---|---|---|---|---|---|
1号 | 女性 | 若年成人 | 強い | 無 | ||
4号 | ? | 未成人(15±3yr) | 弱 | LEH/歯石 | ||
8号 | 女性? | 若年成人 | 強い | 有 | AMTL/顎関節症 | |
10号 | 女性 | 若年成人 | 弱 | LEH/歯石/骨膜炎 | 右腓骨に外傷痕 | |
12号 | 女性 | 若年成人 | 強い | 有 | LEH/骨膜炎 | 骨折?(右上腕) |
15号 | ? | 未成人(12-15yr) | 無 | LEH |
人骨形態
人骨の形態特徴は、すでに知られている縄文時代早期人骨、とくに山間部の早期人の特徴に一致する。例えば、長野県の湯倉や栃原岩陰、愛媛県の上黒岩岩陰や長崎県の岩下洞穴などより報告がある。これらのほとんどは1960年代の発掘によるものであり、居家以岩陰の早期人骨は、最新の発掘による新規人骨資料として、総合的な研究成果が期待できる。
脳頭蓋は大きく、縫合(骨のつなぎ目)は比較的単純な走行である。顔面は幅が広く上下に低い(図1)。また、下顎も幅広で高さが低く、側頭筋が付着する筋突起部は幅が広い。歯の咬耗は年齢の割に強い。四肢骨は全体的に小さく、華奢であるが、筋付着部の発達は強い。代表例として1号女性四肢骨を図2に示す。図3では、4号~15号の保存状態を示す。
図4に頭蓋長幅示数と歯冠サイズのプロポーションを示した。頭蓋長幅示数は、頭骨の長さと幅によってあらわされる示数で、図4Aでは示数0.8と0.75の位置を斜線で示している。右下部分が長頭(前後に長い)、2本の斜線の間が中頭、左上部分が短頭(幅が広い)である。居家以の4個体は星印、赤丸は早期縄文人骨、黒丸はその他の縄文人骨である。縄文人の頭蓋長幅示数はおよそ短頭から中頭に広がるが、居家以を含む早期人骨は中頭が多い。長頭を示す早期人骨2個体(栃原岩陰)は、何らかの変形(埋葬中の土圧によるなど)によると考えられる。
図4Bは、縄文人の歯冠サイズの特徴(小臼歯が小さく、第1大臼歯が大きい)を表すものであり、第1大臼歯サイズ(M1)と小臼歯+第2大臼歯サイズ(P1+P2+M2)の比を示している。図より、縄文平均は弥生平均より小さく、居家以の2個体(4号、15号)はさらに小さい値を示す。すなわち、歯冠サイズは相対的に小臼歯が小さく、第1大臼歯が大きいという特徴を持つことを示している。
健康状態
歯牙を中心に健康指標を見る(表1)。虫歯(齲歯)は157本中11本、頻度として7%にみられた。口腔内の健康指標では、線状のエナメル質減形成(LEH)が4個体に見られ(図5)、歯石沈着も2個体に見られる。8号人骨(若年成人女性)の下顎は強度の斜め咬耗と鞍状の特殊摩耗、歯髄露出にともなう根尖膿瘍、生前歯牙喪失(AMTL)が見られ、顎関節は変形し、典型的な顎関節症の所見を認める(図6)。また、1号、12号歯冠には、エナメル質の生前chippingや象牙質がcup上に凹む(cupped teeth)特徴が観察される(図7)。
これらの早期縄文人の人骨形態特徴は、彼らの生業や生活環境と深く関連すると考えられる。例えば、年齢の割に咬耗が強いという特徴は、食べ物中に歯のすり減りを促す物質(シリカなど)を多く含むことが考えられ、食性や調理道具、調理方法などとも関係する。また、咬耗は水平に強く咬耗する個体(1号、12号)と強い斜め咬耗や特殊咬耗を示すもの(8号)の両者が見られた。前者には歯冠のchippingとcup状の咬耗が見られ、食事の内容物中にエナメル質を破損したり、象牙質の摩耗を促進したりする物質が含まれていたことが予想される。後者(8号人骨)の特殊な歯の摩耗と歯の生前喪失は、おそらく歯を道具として用いた皮なめし、糸つむぎなどの作業によるものと考えられ、強度の斜め咬耗による歯髄の露出が根尖膿瘍をもたらし、また左右の顎関節にかかる力の不均衡によって、顎関節症を引き起こしたのだろう。未成人個体を含む4個体に見られたエナメル質減形成は、エナメル質の成長を阻害する栄養不良状態を示している。
近藤 修